移住者インタビュー

vol.05青野愛子さん

2003年移住/神奈川県出身/飲食店・レンタカー店勤務

vol.05 青野愛子さん 2003年移住/神奈川県出身/飲食店・レンタカー店勤務

青野さんは、21歳で与那国に来て結婚、出産、そしていったん島を出ました。
しかし、人々の心の広さや、やさしさが忘れられず、また戻ってきたそうです。
家にはテレビやゲーム機を置かず、
4人の子どもたちは自然の中で遊び、のびのび育っているようです。

移住にあたって

移住のきっかけ

最初はダイビング目的で来て、民宿で働いたりしていました。こちらで主人と知り合って結婚し、子どもができて住むようになりました。しかし、ふたり目が生まれたことをきっかけに、2010年にいったん島を出て、別のところで暮らしました。
でも、結局暖かいところがいいということになって2015年に戻ってきました。

移住する前に不安だったこと

移住する前に不安だったこと

特になかったです。
ただ、島に来てから、濃密な人間関係がわずらわしくなったことがあり、それも原因で一度、島を出ました。しかし、話し合えばうち解けあえることや、沖縄の人にしかない心の広さがあることは実感していたので、戻ってくることになりました。今は、与那国で本当に良かったと思っています。

住まいや仕事の探し方

住まいや仕事の探し方

当初は、主人が住んでいた4畳半一間に転がりこみました。子どもができてからは、近所に別の部屋を借りて引っ越し、今は町営住宅に住んでいます。仕事は、どちらかというとむこうから声をかけられることが多くて、給食センターやゴミの回収など、いろいろやりました。

移住後の生活について

移住して変わったこと

うちにはテレビもゲーム機もありません。

電車がない、人の数が少ない、見える星の数が多いなど、都会とはずいぶん違うところです。
コンビニはないし、大型スーパーもありません。それから娯楽らしい娯楽もないです。
ちなみにうちにはテレビもゲーム機もないので、子どもたちは外で遊んでいます。

移住して苦労したこと

移住して苦労したこと

お金の苦労はあります。
島では、固い仕事といえば役場か郵便局の職員くらいしかない。日給いくらで働くことも多いです。
あと、医療。本格的な治療となったら飛行機で石垣島まで行かなくてはなりません。いざとなったら急患搬送のヘリコプターも来てくれますが、それでも一刻を争うような急病だと手遅れになることだってあります。

移住して良かったこと

とにかく子育てです。

地域の人たちは子どもたちを見て、ほめたり叱ったりしてくれます。都会では、こんなことはほとんどなくなりました。近所の人がヤシガニ捕りに連れていってくれたり、カブトムシやクワガタムシのいる木を教えてくれたり、釣りや追込漁の手ほどきをしてくれたりと、本当にありがたいです。

子育てについて

現在のお仕事について
15歳の春には島を出る子どもたちのために。

子どもは13歳を筆頭に4歳まで4人います。
ところで与那国には高校がありません。子どもが進学するには15歳の春に島を出なくてはならないのです。子育て環境はすばらしいのですが、子育て期間が短いので、ダラダラやっているわけにはいきません。しっかりやらなきゃと、気を引き締めてやっています。

与那国島の魅力について

与那国島の魅力について

なんといっても海の青さです。

もともとダイビングで島に来ましたが、もう十分満足しました。浜の砂を掘ればアサリが採れるし、魚はいっぱい釣れるし、ここの海は本当にすばらしいです。

移住を考えている方へのメッセージ

移住を考えている方へのメッセージ

医療面では厳しい部分がありますし、島では出産もできません。教育面では子どもを15歳で島外へ出して、仕送りもしなくてはなりませんから、親としては強い決意が必要です。子どもがいない人でも確固とした意志を持って移住した方がいいと思います。与那国の自然、文化、やさしい人々は、それに応えてくれると思います。

※この情報は2019年2月末現在のものです。